勘違い日記 Blog

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  • 2025.04.14

【第2回】幼少期に芽生えた“野田イズム”

深井
前回は「死を見つめる」ことで、日々を前向きに楽しむ野田さんの姿がよく伝わってきましたが、今回は幼少期のお話を伺いたいと思います。子どもの頃から相当アクティブだったと伺いましたが、実際どんな少年だったのでしょう?

野田

そうですね。昔からクラスの盛り上げ役といいますか、イベントごとを企画しては友達を巻き込むタイプでした。誕生日会やちょっとした遊びを提案して、「みんなでワイワイ楽しもうよ」と走り回るのが大好きだったんです。

深井
いわゆる“ムードメーカー”だったわけですね。クラスでリーダー的ポジションを自然と任されるタイプというか。

野田
ええ、なぜかそういう役回りになることが多かったです(笑)。お笑い的なノリも好きでしたし、大勢の前でしゃべる機会があると妙に張り切ってしまうんですよね。周囲からは「野田がやるなら面白そう」みたいに言われると燃える感じでした。

深井
そうした活発さは、現在のセミナーやイベント運営にも通じていそうですね。ご両親はどんなふうに見ていらしたんですか?

野田
両親はずっと「和裕なら何だってできる」「心配いらない」とポジティブな言葉をかけ続けてくれました。私が何か企画を思いつくと、「やりたいと思うことは、何でもやってみろ」と背中を押してくれるような雰囲気だったんです。

深井
親御さんからの無条件の肯定があったわけですね。

野田
ええ。そこがある意味「根拠のない自信」にもつながっている気がします。今思うと、多少空回りすることもあったかもしれません(笑)。でもそういう「俺ならイケる!」という気持ちが、いろいろな挑戦に踏み出す原動力になっていたのは間違いないですね。

深井
なるほど。自分の中の「やればできる」という前向きさが、自然と周りを巻き込むパワーになっていたわけですね。

野田
そうですね。何か新しい行事をやるときも、まずはやってみる精神で突っ走ってました。その姿勢が後に「一度決めたらやり切る」行動力に結びついたのかなと感じます。

深井
確かに“やり切る力”は今の野田さんを支える重要な要素ですよね。幼少期のエピソードとしては、たとえばどんな遊びを企画していたんですか?

野田
自分の誕生日会をちょっとした「お祭り」に仕立てたり。夜にキャンプや肝試しを企画したこともありました。そういう場面で「どうやったらみんな楽しんでくれるか」を考えるのが好きだったんです。

深井
まさに“イベント屋”の素質が既に芽生えている感じですね。周囲からも「また野田が面白いこと言い出したぞ」と期待されていた姿が目に浮かびます。

野田
そうかもしれません(笑)。一度成功すると、次はさらに頑張って盛り上げようというモチベーションにもなってました。時にはプレッシャーを感じることもありましたけど、そこは両親の「大丈夫、大丈夫!」の声に救われました。

深井
“自分を作り直すマインドセット”というお話が前回ありましたが、実は小さい頃から、ご家族の言葉を受けて自然と自己肯定感を高めていたのかもしれませんね。

野田
ああ、そう言われるとそうかもしれませんね。どんなイベントでも「まあ、うちの和裕ならうまくやるだろう」という調子で、あまり心配されなかったのがありがたかったですね。「もし失敗しても次につなげればいい」という雰囲気を作ってくれたと思います。

深井
素晴らしいご両親ですね。普通は心配して止めそうな親御さんも多いでしょうに。「どうにかなる」という前向きさが野田さんの原点になっているわけですね。そういうパワーが、後のビジネスやセミナー企画に活きていると。

野田
そう思います。人を盛り上げるのが好き、そして自分を前向きに鼓舞し続ける。この二つが私の性格の核になっている気がしますね。

深井
私もお話を聞いていてそう感じます。では次回は、そんな活発な少年時代からさらに成長していく学生期のお話を伺います。いろいろイベントを手がけた経験が、今のセミナー運営にも役立っているかもしれませんし、何か大きな転機もあったのでは?

野田
そうですね。学生時代もいろんなイベントを仕掛けながら、人前でエンターテイメントをする楽しさを覚えました。そこからセミナーや終活に繋がっていくエッセンスが生まれたと感じています。

(第3回に続く)